阿久悠と歌謡曲の時代

1970年冬の新宿三丁目交差点
写真:井出情児

阿久悠と歌謡曲の時代 メインタイトル

TOPIX

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(2018年11月15日)

2017年7月から約1年間、46回を連載した「阿久悠と歌謡曲の時代」のバックナンバーすべてを電子書籍形式でお読みいただける、読み放題サービスがスタートしました。
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はじめに

 怪物と呼ばれたヒットメーカーの阿久悠は、歌謡曲の黄金時代と呼ばれた1970年代を牽引した作詞家の一人です。
 この稀代の作詞家が、常に根底に抱いていた時代への思いはなんだったのか? 音楽プロデューサーであり、音楽を題材としたノンフィクション作家としても活躍している佐藤剛が、阿久悠の作品を深く読み込み、解き明かしていくノンフィクションが、「阿久悠と歌謡曲の時代」です。

写真提供:井出情児、オフィス・トゥー・ワン
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目次

各回のあらましをご紹介します。一部は無料公開しています。

第一部歌謡曲の黄金時代と「ない・ソング」

第1章タイトルからにじみ出ている本質

無料公開

稀代のヒットメーカーとして昭和の歌謡曲を牽引した作詞家・阿久悠。彼の代表曲を振り返ると「ざんげの値打ちもない」「どうにもとまらない」「狼なんて怖くない」など、“ない”という言葉が数多くタイトルに使われていることに気付く。そのキャリアの始まりもザ・モップスの「朝まで待てない」という曲だった。

ザ・モップス「朝まで待てない」

作詞 阿久悠/作・編曲 鈴木邦彦

第2章青春の懺悔となった「黒い花びら」

1959年に大ヒットした「黒い花びら」は第1回日本レコード大賞に輝き、作者である中村八大と永六輔の二人は日本の音楽文化に新しい風を巻き起こした。当時広告代理店に勤めていた深田公之ひろゆき青年、のちの阿久悠にも「黒い花びら」は少なからず影響を与えていた。

おもな登場楽曲:黒い花びら(水原弘)

おもな登場人物:中村八大、永六輔

第3章ビートルズの変革とグループ・サウンズの時代

たびたび「ビートルズのおかげで作詞家になれた」という趣旨の発言を行っていた阿久悠。1964年に公開された映画『ビートルズがやって来る ヤア! ヤア! ヤア!』で火が点き、1966年の来日公演で頂点に達したビートルズ旋風は、いったい彼にどんな影響を与えていたのか。

おもな登場楽曲:抱きしめたい(ザ・ビートルズ)、青い瞳(ジャッキー吉川とブルー・コメッツ)

おもな登場人物:吉田拓郎

第4章ニューエレキサウンドと「ミスター・モンキー」

放送作家としてエレキバンドのコンテスト番組に参加することになった阿久悠だったが、思うように事は運ばず2クールで番組が終了してしまう。しかし、レギュラー出演していたザ・スパイダースのために歌詞を書いたことは彼にとってのターニング・ポイントとなる。

「ミスター・モンキー」

作詞 阿久悠/作曲 脇野光司/編曲 ザ・スパイダース

おもな登場楽曲:ミスター・モンキー(ザ・スパイダース)、いつまでも いつまでも(ザ・サベージ)

おもな登場人物:田辺昭知、堀威夫

第5章放送作家への道

戦後、民放ラジオの放送が開始したことによって生まれたのが放送作家という職業だ。時代がラジオからテレビへと急速に移行するにつれてその需要も急増し、永六輔や青島幸男らはその才能を活かして他の分野でも活躍した。そして阿久悠もまた、広告代理店に勤務しながらアルバイトとして放送作家への道を進み始める。

おもな登場楽曲:夕陽が泣いている(ザ・スパイダース)

おもな登場人物:ザ・スパイダース、永六輔、三木鶏郎

第6章「ない」ところからのスタート

放送作家としての活動が軌道に乗り、多忙な日々を送る阿久悠に、初めての作詞の依頼が入る。そして作曲家の村井邦彦と一晩缶詰になって書いたのが、異色のグループサウンズ、ザ・モップスのデビュー曲「朝まで待てない」だった。阿久悠の「ない・ソング」第一号であるこの曲によって、来たるべき「阿久悠の時代」が準備されることになる。

おもな登場楽曲:朝まで待てない(ザ・モップス)

おもな登場人物:ザ・モップス、堀威夫

第7章時代の動きをつかもうとする強い意志と閃き

1960年代後半は、ベトナム戦争が激化、アメリカではヒッピーたちによるフラワー・ムーブメントが生まれ、日本でも学園紛争やフォークゲリラが巻き起こった。その頃モップスに提供した「ベラよ急げ」という曲で阿久悠が歌詞に込めた思いとはなんだったのだろうか。

「ベラよ急げ」ザ・モップス

作詞 阿久悠/作曲 大野克夫/編曲 ザ・モップス

おもな登場人物:阿久悠、村井邦彦、ザ・モップス、ベラ・チャスラフスカ

第8章ユーミンとモップス~大瀧詠一の「分母分子論」より

1983年、大瀧詠一は雑誌での対談上で「分母分子論」を提唱した。これは明治以降に海外から輸入された音楽が、消化吸収されて日本の音楽となっていく流れを、分母と分子になぞらえて解き明かそうとする試みだった。その中で大瀧は松任谷由実について「ユーミンていう人は、モップスが好きだって言ってたな」と彼女の分母に言及していた。

おもな登場楽曲:酒は涙か溜息か(藤山一郎)、グレイス・スリックの肖像(松任谷由実)

おもな登場人物:大瀧詠一、松任谷(荒井)由実 、はっぴいえんど

第9章流行歌への挑戦

1969年、本格的に作詞業に取り組みはじめた阿久悠はその指針として15条の「作詞家憲法」を定め、自らの指針とした。そこには古賀政男や船村徹といった、流行歌を築いてきた先人たちへの挑戦の意味も込められていた。

おもな登場楽曲:悲しい酒(美空ひばり)、ご機嫌さんかよ達者かね(三橋美智也)

おもな登場人物:古賀政男、船村徹、高野公男

第10章船村徹と「ない・ソング」

1955年に春日八郎が歌って大ヒットした「別れの一本杉」は、学生時代からの親友同士だった作曲家の船村徹と作詞家の高野公男による作品だった。しかし、レコード会社に専属していなかった彼らには印税が支払われず、貧しい暮らしからは抜け出せなかった。さらに悪いことは続き、高野公男が肺結核に冒されてしまう。苦境を脱するための船村徹の奮闘が始まった。

おもな登場楽曲:別れの一本杉(春日八郎)、哀愁波止場(美空ひばり)、早く帰ってコ(青木光一)

おもな登場人物:船村徹、高野公男、美空ひばり

第11章1969年と阿久悠時代の夜明け

1969年、グループサウンズのブームは終息に向かい、それに代わるかのようにいしだあゆみ、カルメン・マキ、藤圭子、由紀さおりといった個性的な女性歌手が台頭してくる。そしてそれまでグループサウンズに楽曲を提供してきた才能あるソングライターたちが歌謡曲にも進出してきたことで、新たな時代の扉が開き始める。

おもな登場楽曲:時には母のない子のように(カルメン・マキ)、戦争は知らない(坂本スミ子)、夜明けのスキャット(由紀さおり)

おもな登場人物:寺山修司、和田アキ子

第12章阿久悠時代へのステップ

日本の歌謡史において、1969年は重要な転換期となった一年だった。そして、時代に迎合せずにチャンスを窺っていた作詞家・阿久悠もこの年、「白いサンゴ礁」「港町シャンソン」という2曲のヒット曲を放ち、その才能の片鱗を見せはじめていた。

「港町シャンソン」ザ・キャラクターズ

作詞 阿久悠/作曲 高見弘/編曲 三木たかし

おもな登場楽曲:白いサンゴ礁(ズー・ニー・ヴー)、港町シャンソン(ザ・キャラクターズ)、フランシーヌの場合(新谷のり子)

おもな登場人物:ズー・ニー・ヴー、郷伍郎

第13章阿久悠と「戦争を知らない子供たち」

「白いサンゴ礁」をヒットさせたズー・ニー・ヴーだったが、その後ヒット曲が続かずに解散してしまう。しかし、あるスタッフが「ひとりの悲しみ」という曲が埋もれてしまうのを惜しいと、ソロデビューしたばかりの尾崎紀世彦にあらためて歌わせることを考えた。そして、阿久悠に歌詞の書き換えを依頼して、「また逢う日まで」となって生まれ変わったのだ。

「ひとりの悲しみ」ズー・ニー・ヴー

作詞 阿久悠/作・編曲 筒美京平

おもな登場楽曲:また逢う日まで(尾崎紀世彦)、ひとりの悲しみ(ズー・ニー・ヴー)、港町シャンソン(ザ・キャラクターズ)、フランシーヌの場合(新谷のり子)

おもな登場人物:村上まもる、尾崎紀世彦、北山修

第14章「フォークル」が目指した〈みんなの音楽〉

1967年の晩秋、若者の間では「変な歌」が流行り始めていた。京都のアマチュア・バンドだったザ・フォーク・クルセダーズが自主制作でレコーディングした「帰って来たヨッパライ」という曲が深夜ラジオから若者たちに浸透し、やがて空前の大ヒットとなる。当時放送作家だった阿久悠は「やられた」と感じ、口惜しがった。

おもな登場楽曲:帰って来たヨッパライ(ザ・フォーク・クルセダーズ)

おもな登場人物:ザ・フォーク・クルセダーズ、加藤和彦、北山修

第15章商業主義に迎合しなかった北山修と加藤和彦

大ヒットした「帰って来たヨッパライ」につづくセカンド・シングルとして「イムジン河」を予定していたザ・フォーク・クルセダーズだったが、朝鮮総連からの抗議で、発売中止を余儀なくされてしまう。急遽新曲を用意せざるを得なくなった彼らにレコード会社が引き合わせたのは、すでに64歳になっていた詩壇の大家、サトウハチローだった。

おもな登場楽曲:イムジン河(ザ・フォーク・クルセダーズ)、悲しくてやりきれない(ザ・フォーク・クルセダーズ)

おもな登場人物:ザ・フォーク・クルセダーズ、加藤和彦、北山修、サトウハチロー

第16章森山加代子を甦らせたカムバック作

「白いサンゴ礁」と「港町シャンソン」の2作で注目を集め始めた阿久悠のもとに、ある作詞の依頼が舞い込んでくる。それは、当時第一線から離れていたポップス・シンガーの森山加代子を、歌謡曲で再生させるための作品づくりだった。ここで阿久悠は天性のプロデュース能力を発揮して、苦心の末に「白い蝶のサンバ」を仕上げた。

おもな登場楽曲:白い蝶のサンバ(森山加代子)、じんじろげ(森山加代子)

おもな登場人物:森山加代子、井上かつお

第17章和田アキ子の成功

「白い蝶のサンバ」で森山加代子のカムバックに成功したことで、作詞家・阿久悠の知名度は大いに高まった。そして「本職は放送作家」とか「本当は小説家を志している」という気持ちを捨てて、作詞の仕事に本気でとりかかるようになる。デビューから携わっていたホリプロの新人歌手・和田アキ子に対してもあらためて分析と反省を行い、「笑って許して」「あの鐘を鳴らすのはあなた」などのヒット曲誕生につながっていく。

おもな登場楽曲:あの鐘を鳴らすのはあなた(和田アキ子)、笑って許して(和田アキ子)

おもな登場人物:阿久悠、和田アキ子、堀威夫

第18章アマチュアの精神とプロの仕事

「あの鐘を鳴らすのはあなた」に描かれた「あなた」について、阿久悠は「長い髪で、細いジーパンが似合って、好ましい」当時の象徴的な若者は、明らかに違うと述べていた。その「象徴的な若者」像として浮かび上がってきたのは、ザ・フォーク・クルセダーズのイメージだった。彼らの存在をなぜ阿久悠はそこまで強く意識したのだろうか。

おもな登場楽曲:水虫の唄(ザ・ズートルビー)、フォークル節(ザ・フォーク・クルセダーズ)

おもな登場人物:北山修、加藤和彦、上村一夫、和田アキ子

第19章時代の中を軽やかに進んだ北山修と加藤和彦

プロとなったザ・フォーク・クルセダーズは短い活動期間でいくつものヒットを飛ばしたが、その陰では過密スケジュールなど苦労も多かった。解散後、加藤和彦はソロ・アーティスト、北山修は医学生の傍らラジオパーソナリティ、はしだのりひこは自身のグループを結成、と異なった道を進んでそれぞれ成功を収める。その頃阿久悠は「イムジン河のほとりで」という、フォークソングを作詞していた。

おもな登場楽曲:風(はしだのりひことシューベルツ)、イムジン河のほとりで(グリーン・フィールズ)、花はどこへ行った(ピート・シーガー)

おもな登場人物:加藤和彦、北山修、阿久悠

第20章時代の先駆者ゆえの苦悩

1970年、加藤和彦は富士ゼロックスの企業CMに出演して注目を集める。「モーレツからビューティフル」へというコピーで有名なそのCMには、戦後復興を遂げ高度経済成長を果たしながらもなお、繁栄を求めて止まらない日本社会へのメッセージが込められていた。ディレクターとして加藤和彦に出演を依頼した杉山登志は、60年代後半から70年代前半にかけて資生堂など数多くの傑作CMを手がけた第一人者だった。だが、その陰には拭いきれない苦悩があった。

おもな登場人物:加藤和彦、杉山登志、北山修、久米宏、永六輔

第二部「ざんげの値打ちもない」という夜明け

第1章静かなる衝撃、藤圭子の登場

無料公開

阿久悠が和田アキ子の仕事に取りかかっていた1969年、日本の歌謡界に画期的な出来事が起きた。“演歌の星を背負った宿命の少女”というコピーのもとに「新宿の女」でデビューした藤圭子が、次々にシングルとアルバムを大ヒットさせて一世を風靡、2枚のアルバムは37週連続でチャート1位を独占するという空前絶後の快挙を為し遂げた。

おもな登場楽曲:新宿の女(藤圭子)、女のブルース(藤圭子)、カスバの女(藤圭子)、叱らないで(青山ミチ)

おもな登場人物:藤圭子、石坂まさを、榎本襄、小西良太郎

第2章履歴書から生まれた歌

藤圭子がデビュー・アルバムでカヴァーした「夢は夜ひらく」は、民衆によって歌い継がれてきたという意味において、日本のフォークソングといえるものだった。その影響を受けて阿久悠が「ざんげの値打ちもない」を誕生させることになったのは、1970年という時代の必然だったのかもしれない。

おもな登場楽曲:夢は夜ひらく(園まり)、圭子の夢は夜ひらく(藤圭子)、網走番外地(高倉健)

おもな登場人物:曽根幸明、中村泰士、松村慶子、藤圭子

第3章「ざんげの値打ちもない」が誕生した背景

「ざんげの値打ちもない」北原ミレイ

作詞 阿久悠/作曲 村井邦彦/編曲 馬飼野俊一

浅川マキの「かもめ」や藤圭子の「圭子の夢は夜ひらく」といった異色の曲が流行していた1970年、阿久悠は北原ミレイのデビュー曲を依頼されている。タレント性ではなく作品力で勝負したいという要望を受けて、阿久悠は自由に大胆にタブーを破った詞を書き上げる。阿久悠の代表作ともいえる「ざんげの値打ちもない」の誕生だ。

おもな登場楽曲:かもめ(浅川マキ)、東京ブルース(西田佐知子)、ざんげの値打ちもない(北原ミレイ)

おもな登場人物:浅川マキ、北原ミレイ、小西良太郎

第4章出会うべくして出会った人たち

傑作「ざんげの値打ちもない」が誕生した背景にはいくつか疑問点があった。そ今は幸せかいれを明らかにすべく、筆者は北原ミレイへのインタビューを行う。そこで、彼女は奇跡的とも言える人と人の結び付きによってデビューを果たしたことがわかった。

おもな登場楽曲:知りたくないの(菅原洋一)、ざんげの値打ちもない(北原ミレイ)

おもな登場人物:菅原洋一、なかにし礼、松村(藤原)慶子、北原ミレイ

第5章「ざんげの値打ちもない」をヒットさせた陰の立役者たち

ヒットを陰で支えたスタッフたちの仕事を振り返ると、結果がすぐには出なくても、楽曲の可能性を信じて、時には長期戦の覚悟を持ってプロモーションを行ってきたことがわかる。菅原洋一の「知りたくないの」や佐川満男の「今は幸せかい」はそんなスタッフたちのもとだからこそ大ヒットを記録したのだ。

おもな登場楽曲:「知りたくないの」(菅原洋一)、「今は幸せかい」(佐川満男)、「コモエスタ赤坂」(ロス・インディオス)

おもな登場人物:小西良太郎、北原ミレイ、菅原洋一、小澤惇、中村泰士、佐川満男

第6章歌に惚れたところから生まれる戦略

スポーツニッポンの音楽担当の記者として活躍、常務取締役まで務めた小西良太郎は、記者時代から音楽評論家、プロデューサーとしても活躍してきた。しかし自らでは評論家ではなく“はやり歌評判屋”であると称していた。1960年代後半になると、小西が書いた原稿やドキュメントに共鳴して自然と人が集まって、いい歌をヒットさせようと動くようになる。

おもな登場楽曲:「今は幸せかい」(佐川満男)、「今日でお別れ」(菅原洋一)、「かもめ」(浅川マキ)、「ロング・グッドバイ」(浅川マキ)

おもな登場人物:小西良太郎、佐川満男、浅川マキ、寺山修司、菅原洋一

第7章歌詞に内在するメロディーと映像

「ざんげの値打ちもない」は、レコーディングが終わった段階で、歌詞から4番が削られることが決まり、B面に入れ替えることも提案された。しかし音源を聴いた新聞記者の小西良太郎がすっかり惚れ込んだことによって、当初の予定どおりにA面のまま発売されることになる。運命の歯車はそこから回り始めていく。

おもな登場楽曲:ざんげの値打ちもない(北原ミレイ)、その時花はアカシアだった(北原ミレイ)

おもな登場人物:村井邦彦、馬飼野俊一、小西良太郎、和田誠

第8章歌の原点にあったフランス映画と「暗いはしけ」

「ざんげの値打ちもない」の歌詞を書いた時、阿久悠はポルトガルの国民歌謡であるファドをイメージしていた。それはどうしてだったのか。ファドの女王と呼ばれたアマリア・ロドリゲスを世界に知らしめた映画を通じて、阿久悠と映画と音楽の深いつながりに筆者が迫る。

おもな登場楽曲:暗いはしけ(アマリア・ロドリゲス)、ざんげの値打ちもない(北原ミレイ)

第9章「ざんげの値打ちもない」誕生の起点

阿久悠作品には「勝手にしやがれ」「さらば友よ」など、フランス映画から着想したものが多くみられる。筆者は「ざんげの値打ちもない」も同様に映画からアイディアを得たのではと仮定し、ヌーベルバーグの作品にあたってみて、フランソワ・トリュフォー監督、ジャンヌ・モロー主演の映画と音楽が感覚に強く訴えかけてくることに気づく——。

おもな登場楽曲:ざんげの値打ちもない(北原ミレイ)

おもな登場人物:フランソワ・トリュフォー、バーナード・ハーマン

第三部新たな風を吹かせた作詞家たち

第1章なかにし礼を導いた石原裕次郎

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1960年代の半ばから70年代にかけて著しい活躍を見せた作詞家・なかにし礼は、阿久悠と学年では2年下だったが、作詞家としてのデビューは2年早かった。もともとは仏文学者を志し、大学に通う傍らでシャンソンの訳詞をアルバイトでしていた彼の運命を変えたのは、昭和を代表する大スターとの偶然の出会いだった。

おもな登場楽曲:王将(村田英雄)、東京行進曲(佐藤千夜子)

おもな登場人物:なかにし礼、石原裕次郎、西條八十

第2章一気に報われたなかにし礼の情熱

大スターだった石原裕次郎の知遇を得たことをきっかけに、なかにし礼は歌謡曲の世界に飛び込む決意をする。古今東西の詩作を研究し、ギターも独学で覚え、苦しみ悩み抜いて書き上げた一曲を石原プロに提出した。その時の反応はけんもほろろといったものだったが、やがてその曲が小さな花を咲かせ、その種からヒット曲がいくつも生まれ、大輪として咲き誇るようになっていく。

おもな登場楽曲:涙と雨にぬれて(裕圭子、ロス・インディオス)、恋のハレルヤ(黛ジュン)、恋のフーガ(ザ・ピーナッツ)

おもな登場人物:なかにし礼、石原裕次郎、藤原(松村)慶子

第3章新しい時代の意識を映す歌謡曲

1967年、立て続けにヒット曲を送り出しなかにし礼は、またたく間に人気作詞家となった。なぜ彼の書いた歌が一気に支持を集めたのか? そこにはどんな手法が隠されていたのか? 黛ジュンのデビュー曲「恋のハレルヤ」を切り口に筆者が考察していく。

おもな登場楽曲:恋のハレルヤ(黛ジュン)

おもな登場人物:なかにし礼、黛ジュン、高嶋弘之

第4章いつまでも空気中にただよっている歌

1968年、なかにし礼は多忙な日々を送りながらもヒット曲を連発、年末のレコード大賞も受賞する。ちょうど同じ時期、作詞の道を歩み始めた阿久悠は、彼の書いた「夜と朝のあいだに」の詞に衝撃を受けながらも、「全く違う感性で、全く違う切り口の作品を書かなければ勝負にならない」と思いを新たにする。

おもな登場楽曲:夜と朝のあいだに(ピーター)、今日でお別れ(菅原洋一)

おもな登場人物:なかにし礼、ピーター

第5章作詞・訳詞・日本語詞

なかにし礼は映画的な手法で注目を集めていた阿久悠の「また逢う日まで」にインスパイアされ、一編の映画をイメージして「別れの朝」を書いてヒットさせた。しかし経済的なトラブルなどに巻き込まれて、いい作品を書くことに集中する環境を失っていく。ふたたび充実した作品を書くきっかけは、グラシェラ・スサーナというアルゼンチンの歌手に書いた「サバの女王」が、シングルのB面だったにもかかわらず、音楽ファンに発見されたことだった。

おもな登場楽曲:別れの朝(ペドロ&カプリシャス)、ジョニィへの伝言(ペドロ&カプリシャス)

おもな登場人物:なかにし礼、渡辺正文、都倉俊一

第6章天に祈るほどの思いで書き上げた「石狩挽歌」

スキャンダルと金銭問題に追われていたなかにし礼だが、自らスカウトしてデビューへの道筋をつくったアン・ルイスのために書いた「グッド・バイ・マイ・ラブ」のヒットをきっかけに、次第に歌づくりへの情熱を取り戻していく。その翌年、細川たかしの「心のこり」がヒットしたことで、自分にしか書けないような作品に挑戦したいという意欲が沸き上がってくる。そんな折に、数々の金銭トラブルの元凶となった兄と交わした会話が大きなヒントとなる。

おもな登場楽曲:グッド・バイ・マイ・ラブ(アン・ルイス)、心のこり(細川たかし)、石狩挽歌(北原ミレイ)

おもな登場人物:なかにし礼、アン・ルイス、平尾昌晃

第7章運命的でもある不思議なめぐり合わせ

なかにし礼が「石狩挽歌」において文芸性の高い歌づくりに挑んだ背景には、事務所とレコード会社を移籍した北原ミレイの勝負作だという事情とともに、原盤制作を行った音楽出版社・日音からの強い要望があった。再起に賭ける北原ミレイは日音の親会社だったTBSが主催する第5回東京音楽祭に挑戦し、国内大会で日本代表に選ばれることを目指していたのだ。

おもな登場楽曲:石狩挽歌(北原ミレイ)、ソーラン節

おもな登場人物:なかにし礼、北原ミレイ、浜圭介

第8章歌詞に内在するメロディーと映像

再起に賭ける北原ミレイのために、なかにし礼は「石狩挽歌」を書き上げます。「石狩挽歌」の作曲を担当したのは浜圭介。「終着駅」で奥村チヨを大人の歌手として脱皮させた彼のメロディーは、北原ミレイをも新たなイメージへと解き放つ。一方、阿久悠の詞に浜圭介が曲を付けた八代亜紀の「舟唄」。「石狩挽歌」、「舟唄」、それぞれの背景には、歌手と作家、プロデューサー、そして作品の不思議なめぐり合わせがありました。

おもな登場楽曲:石狩挽歌(北原ミレイ)、恋の奴隷(奥村チヨ)、終着駅(奥村チヨ)、乳母車(菅原洋一)、舟唄(八代亜紀)

おもな登場人物:なかにし礼、浜圭介、北原ミレイ、奥村チヨ

第9章美空ひばりのために書かれた「舟唄」

「舟唄」という曲はスポーツニッポンの連載「阿久悠の実戦的作詞講座」において、美空ひばりに歌ってもらうことを想定して書かれたものだった。様々な事情が絡み、曲が付くことなく小西良太郎のもとで眠っていたその歌詞は、不振が続いていた状況を脱するためもがいていた浜圭介に託される。彼は見事に会心の一曲を書き上げたが、それが世に出るにはさらに時間が必要だった。

おもな登場楽曲:舟唄(八代亜紀)、雨の慕情(八代亜紀)

おもな登場人物:美空ひばり、浜圭介、小西良太郎、八代亜紀

第10章美空ひばりと阿久悠

昭和24年、美空ひばりは「悲しき口笛」の大ヒットで12歳にして一躍少女スターとなる。同じ頃、淡路島で仲間たちと野球に打ち込む日々を送っていた12歳の少年にとって、「悲しき口笛」の歌詞に出てくる「ホテル」や「グラス」といった耳慣れない言葉はコンプレックスを抱かせるに十分なものだった。それから四半世紀ほどの月日を経て、作詞家・阿久悠となった少年は、長い間意識し続けていたスターと相対する。

おもな登場楽曲:悲しき口笛(美空ひばり)、それでも私は生きている(美空ひばり)、舟唄

おもな登場人物:美空ひばり、小西良太郎

第11章歌を育てていく美空ひばり

1976年春、美空ひばりと初めて対面した阿久悠は、スポーツニッポンの連載「実戦的作詞講座」で彼女のための詞を書き始める。同じ頃、阿久悠の朋友でもあるTBSの久世光彦は、ひばりが所属する日本コロムビアにある企画を持ち込む。それは、「さくらの唄」という無名の楽曲をモチーフにしたテレビドラマを制作するので、その主題歌として美空ひばりに「さくらの唄」をカヴァーしてもらいたい、というものだった。

「さくらの唄」美空ひばり

作詞 なかにし礼/作・編曲 三木たかし

おもな登場楽曲:さくらの唄(美空ひばり)、悲しい酒(美空ひばり)、人生一路(美空ひばり)

おもな登場人物:美空ひばり、久世光彦、なかにし礼、古賀政男

第12章我が心のうちなる美空ひばり

「阿久悠の実戦的作詞講座」で美空ひばりのために7篇もの歌詞を書き下ろしたが、様々な事情が絡み、それらの歌詞は一旦お蔵入りとなってしまう。
しかしそのときの意欲と情熱が、のちに阿久悠の代表作へとつながって、大きな成果を生み出すことになる。

「男と女・昭和篇」井手せつ子・みなみらんぼう

作詞 阿久悠/作曲 みなみらんぼう/編曲 小杉仁三

おもな登場楽曲:居酒屋(木の実ナナ&五木ひろし)、男と女・昭和篇(井手せつ子・みなみらんぼう)、おまえさん(木の実ナナ)

おもな登場人物:五木ひろし、木の実ナナ

第13章「北の宿から」の誕生

1974年、阿久悠は連載『実戦的作詞講座』で、都はるみのための詩を読者から募集し、自らも2曲を書き下ろす。それらの楽曲はヒットには繋がりませんでしたが、水前寺清子の「昭和放浪記」という曲にほれ込んだ都はるみは、「わたしも、こういう歌がほしい」と阿久悠へリクエストを出す。そして生まれたのが「北の宿から」だった。

おもな登場楽曲:北の宿から(都はるみ)、若狭の宿(牧村三枝子)、昭和放浪記(水前寺清子)、神田川(かぐや姫)

おもな登場人物:都はるみ、小林亜星、竹村次郎

第14章演歌への道筋

「なんとなく避けていた」という演歌に関わりを持つようになったのは、1966年にリリースされた森進一のデビュー曲「女のためいき」から受けた衝撃を忘れられなかったからだった。70年代に入って本格的に演歌に取り組むようになった阿久悠と、初期の頃にコンビを組んでいたのは、「女のためいき」を作曲した猪俣公章だった。

おもな登場楽曲:女のためいき(森進一)、君こそわが命(水原弘)、恋おんな(かずみあい)

おもな登場人物:猪俣公章、森進一、川内康範、水原弘、長良じゅん

第15章佳作から生まれ育った傑作「津軽海峡・冬景色」~その1

1977年に大ヒットし、当時まだ19歳だった石川さゆりをスターにした「津軽海峡・冬景色」は、歌謡曲における金字塔の一つとなった。阿久悠はこの曲について、作詞家・星野哲郎との対談において「前に書いた歌がベースになって」と発言している。それは、藤圭子のために書いた「別れの旅」という歌だった——。

「別れの旅」藤圭子

作詞 阿久悠/作曲 猪俣公章/編曲 池田孝

おもな登場楽曲:別れの旅(藤圭子)、京都から博多まで(藤圭子)、津軽海峡・冬景色(石川さゆり)

おもな登場人物:藤圭子、沢木耕太郎、前川清

第16章佳作から生まれ育った傑作「津軽海峡・冬景色」~その2

1973年にデビューしてからしばらくの間、石川さゆりはヒットに恵まれなかった。彼女が所属するホリプロの社長、堀威夫から「石川さゆりの出世作を書いてほしい」と依頼された阿久悠は、彼女の可能性を見極めるために、全曲オリジナルのアルバムを企画する。西城秀樹やあべ静江などの仕事でコンビを組んでいた作曲家の三木たかしをパートナーに選んで書き上げた12曲の最後に、「津軽海峡・冬景色」があった。

三木たかしがうたった「津軽海峡・冬景色」

作詞 阿久悠/作曲 三木たかし

おもな登場楽曲:津軽海峡・冬景色(石川さゆり)、コーヒーショップで(あべ静江)

おもな登場人物:堀威夫、石川さゆり、三木たかし、黛ジュン

第17章歌作りの基本にあった「七五調からの解放」

阿久悠が作詞の仕事を本格的に始めて以来つねに目標にしていたのは、流行歌の根幹を支配する日本語の基本リズム、七五調からの解放だった。そしてもう一つ、目に見えない時代の壁をなんとかして「叩く歌」を書くことも意識していた。こうした取り組みが、傑作「津軽海峡・冬景色」に辿り着くことになる。

おもな登場楽曲:津軽海峡・冬景色(石川さゆり)、ロック・アラウンド・ザ・クロック(ビル・ヘイリーと彼のコメッツ)、黒い花びら(水原弘)、ヨコハマ・ジャン(桜中真佐子)

おもな登場人物:石川さゆり、三木たかし

作者紹介

佐藤 剛 (さとう・ごう)

作者近影

1952年岩手県盛岡市生まれ、宮城県仙台市育ち。

明治大学卒業後、音楽業界誌『ミュージック・ラボ』の編集と営業に携わる。シンコーミュージックを経て、プロデューサーとして独立。THE BOOM、ヒートウェイヴ、中村一義、由紀さおり、マルシア等、数多くのアーティストの作品やコンサートを手がける。2015年、NPO法人ミュージックソムリエ協会会長に就任。

著書に『上を向いて歩こう』(岩波書店、小学館文庫)、『黄昏のビギンの物語』(小学館新書)、『美輪明宏と「ヨイトマケの唄」』(文藝春秋)など。

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